大判例

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名古屋高等裁判所 昭和48年(ネ)218号 判決 1974年5月21日

控訴人 山本守宣

被控訴人 国

訴訟代理人 池田直衛 外三名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決添付目録記載の土地につき名古屋法務局南知多出張所昭和三六年三月二二日受付第四七二号をもつてなされた所有権移転賛記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次に訂正・加除するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

(原判決の摘示事実の削除) <省略>

(控訴代理人の主張)

一  村田が自己所有の旧三八番の一の土地のうち通路敷予定部分の土地(原判決添付図面<省略>の青線で囲まれた部分。以下、単に青線部分という。)を被控訴人に、道路敷予定部分以外の土地(右図面の赤線で囲まれた部分。以下、単に赤線部分という。)を控訴人に売渡したことは原判決認定のとおりであるが、原判決が、控訴人が村田より登記を経由した三八番の八の土地は赤線部分ではなく青線部分であつたとし、売買の目的と地番とが整合していないと判示する部分は納得できない。

二  まず、右のような不整合問題が生じた理由は次のとおりであつたといえる。

(1)  昭和二四年頃、被控訴人は、青線部分を村田より買収し、分筆手続をとつたが、その際、青線部分を三八番の八に、赤線部分を三八番の一に分筆した図面を二部作成し、これを当時の手続に従つて所轄税務署長へ提出した。税務署長はこれを受理し、一部に受理印を押して村役場へ送付した。

(2)  しかるに、税務署長は、右分筆申告書を受理し、これを税務署備付の図面に記入する際、赤線部分に三八番の八、青線部分に三八番の一とそれぞれ地番を書き入れた。右記入が意識的になされたものか誤記によるものかは不明であるが、その結果、税務署に存在する図面(これは制度の変更に伴い、現在法務局備付図面として引き継がれている。)と現在市役所備付の図面とが番地を異にすることとなつたのである。

三  ところで、およそ土地を分筆した際に地番を決定するのは、当時にあつては税務署長、現在にあつては法務局の専権に属するところである。多くの場合、分筆申告者の予定する新地番がそのまま受け入れられるのであるが、右は税務署長が申告書の新地番を合理的と見て、そのまま採用するにほかならないのであつて、申告に拘束力があるからではない。

他方、新地番の決定は一つの行政処分であり、または行政処分類似の行為である。したがつて、新地番が決定された場合、その取消あるいは変更があるまでは新地番が優先するはずであり、また、取消あるいは変更の効果は遡及しえず、既得の権利を奪いえないこと当然である。

そうすると、本件の場合、税務署長が赤線部分の土地に対し三八番の八と枝番を付したことが、行政権の行使として意識的になされたのかあるいは三八番の一とすべきを誤つて三八番の八としたのかは別として、地番決定権が税務署長にある以上、右記入の日以後は赤線部分の土地が三八番の八とされるべきことは当然であり、市町村役場備付図面との相違については税務署備付の図面が優先する。市町村役場備付図面が公定力を有するなんらの根拠も見い出しえないのである。

四  被控訴人は、税務署長は赤線部分を三八番の一に、青線部分を三八番の八にそれぞれ分筆したが、旧土地台帳附属地図(以下、公図という。)に記入する際に逆に記入したと主張するが、そのような事実は明らかではない。むしろ、<証拠省略>と公図を総合すれば、昭和二三年二月二九日、旧三八番の一の土地が三八番の一及び三八番の八に分筆されたこと、公図上三八番の一が青線部分に、三八番の八が赤線部分にそれぞれ枝番が付されたことのみが分るのであつて、右枝番の記入に誤りがあつたとは断定しえないのである。なるほど、分筆申告書添付図では、赤線部分が三八番の一、青線部分が三八番の八と作図されているが、申告書の枝番号になんら拘束力はなく、税務署長に枝番を付する権限がある以上、誤記によつて枝番を付したと断定する根拠は乏しいというべきである。

なお、もし税務署長が誤記したというのであれば、速やかに右誤記は訂正されるべきであるのに、なんらの処置もとられていないことも、明らかな誤記が存しない一証左といえよう。もつとも、この点に関し、被控訴人は両当事者が合意すれば枝番の交換は可能であると主張するので、その反面、右合意がなされない限り枝番訂正の方法はないことになるが、これは一旦記入された枝番をできる限り保護しようとする趣旨と解されるのであつて極めて至当である。なぜなら、一般世人は登記簿と公図を比較対照のうえ不動産上の権利を取得するのであり、その信頼は十分保護されるべきだからである。すなわち、枝番が一旦記入された後に無権原者によつて偽造または変造された場合とは異なり、権原ある登記官吏によつて記入された場合は、その誤記が対世的に明白でない限り、軽々に無効と認定すべきではない。

五  以上のように、昭和二三年に赤線部分が三八番の八、青線部分が三八番の一と公図上に枝番が記入され、じ来二五年間に亘つて右公図が利用されて来たものであつて、右枝番が誤記であるとして訂正することは法的安定性の要請からも許されないところであり、まして税務署長が誤記したとすれば、その責任は国にあり、被控訴人が右誤記を利益に援用することは不当である。

(被控訴代理人の主張)

一  土地の分筆に当たつての地番の決定権が、分筆申告者ではなく、税務署長にあつた(現在は登記官にある)ことは、控訴人主張のとおりである。しかしながら、地番は、税務署長が分筆申告を相当と認めて受理し、新たな土地台帳を作成したときに確定するのであつて、公図に当該地番を記入するのは、決定された地番を表示するものにすぎない。しかも、公図は、税務署備付の公簿であり、その記載については一般にかなり強度の証明力を有するものではあるが、相対的な公定力ないしは権利推定力まで有するものとはいえない。したがつて、公図に地番を記入することをもつて地番の決定と見る控訴人の主張は失当である。

しかして、本件においては、旧三八番の一畑一反四畝二七歩を、三八番の一畑七畝(赤線部分)と、三八番の八畑七畝二七歩(青線部分、道路部分)とに分筆したが、公図に右地番を記入する際、何らかの事情により逆に表示されたものであつて、このことは、隣接の旧三八番の三畑八畝二一歩も同時期に三八番の三畑二畝歩と三八番の九畑六畝二一歩(道路部分)とに分筆されたのに、公図に右地番を記入する際、これも逆に表示されてしまつていることが明らかである事実からも推察しうるところである。

二  また、公図は、不動産登記簿と土地台帳との一元化完了後は、昭和三五年法務省令第一〇号不動産登記法施行細則の一部を改正する等の省令により法制上廃止され、現在は何ら法的効力はないが、昭和三七年一〇月八日付法務省民事局長通達により、不動産登記法一七条に規定する地図の訂正手続に準じて「便宜」の措置として訂正する方法が認められているものである。そして、前記三八番の三及び三八番の九の土地については、右通達に則り、昭和四七年九月二六日、三八番の九の土地の所有者である建設省(所管庁愛知県知事)が、三八の三の土地の所有者である家田一重と連名で名古屋法務局南知多出張所に地図訂正の申出を行ない、右出張所登記官は、右申出を相当と認め、公図の地番訂正を行なつている。

しかしながら、本件の三八番の八と三八番の一については、土地の位置をめぐつて争いがあり、かつ、控訴人と三八番の一の登記簿上の所有者との間でもその所有権をめぐつて現に係争中のため、あえて公図の訂正を行なつてもいたずらに事態を紛糾させる結果となるので、これを行なわずに現在に至つているものである。

三  以上のとおりであるから、本件につき公図の表示が誤りであるとして訂正を認めることは法的安定性を欠くこととなるから許されない旨の控訴人の主張もまた理由がない。

(証拠)<省略>

理由

一  当裁判所も、控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、以下に付加するほかは、原判決理由欄に説示のとおりであるから、これを引用する(ただし、同理由欄第三項を除く)。

(一)  土地台帳法(昭和二二年三月三一日法律第三〇号、以下単に土地台帳法という。)による分筆とは、土地の事実上の形状変更とは無関係に、土地台帳上において一筆の土地を二筆以上の土地に変更して土地台帳に登録する処分、すなわち、所轄税務署長(昭和二二年三月三一日勅令第一一三号土地台帳法施行規則(以下、単に規則という。)七条参照)が申告によつて提出された分筆地形図、測量図等の資料を相当と認めてあるいは職権による実地調査の結果に基づいて土地台帳に土地台帳法五条所定の登録をしたときに分筆行為は完了し、分筆の効果が生ずるものと解するのが相当であつて、いわゆる公図に分筆線及び地番を記入するのは、右の如くして分筆された土地の所在・形状を現地において特定する資料たる公図を整えるための附随的事務としてなされていたもので、分筆そのものの効果には影響はないものと解するのが相当である。

けだし、いわゆる公図は、明治二二年三月勅令第三九号民有土地台帳規則による土地台帳付属図面に始まり、昭和二五年七月三一日法務府令第八八号土地台帳法施行細則二条所定の地図として登記所に備え付けられ、その後登記制度と台帳制度の一元化に伴なう昭和三五年三月三一日法務省令第一〇号不動産登記法施行細則の一部を改正する等の省令一六条(土地台帳法施行細則の廃止)により法制上廃止されたが、この間あるいは右廃止後も不動産登記法一七条所定の地図が整備されていない今日において、公図は、取引上、土地の所在・形状を現地において特定するための重要な資料として利用されてきており、公図の訂正についても、昭和三七年一〇月八日付甲第二八八五号法務省民事局長回答ならびに通達によつて不動産登記法一七条所定の地図の訂正手続に準じて便宜訂正する取り扱いとなつているが、公図そのものが徴税の目的に由来する野取絵図および更正地図を基礎として作られた精度の高くないものであるから(このことは当裁判所に職務上顕著な事実である)、公図に対する分筆線および地番の記入をもつて分筆行為の一部と認めない方が妥当と考えられるからである。

(二)  本件についてこれを見るに、<証拠省略>によれば、村田は、昭和二四年一〇月二四日、土地台帳法二六条により、旧三八番の一畑一反四畝二七歩を、赤線部分三八部の一畑七畝と青線部分三八番の八畑七畝二七歩の二筆に分筆すべく、所定の手続に従い所轄税務署長に申告し、同税務署長はこれを相当と認めて昭和二五年二月二四日土地台帳に分筆された土地の地番、地積等土地台帳法五条所定の事項を申告どおり登録したことが認められる。そうすると、右分筆の結果、赤線部分は三八番の一畑七畝の土地になつたものというべきであり、右認定を覆えす証拠はない。

もつとも、公図・<証拠省略>によれば、青線部分には三八番の一の地番が付されていることが認められるが、前掲<証拠省略>に照すと、公図上の右地番は誤つて記入されたものと推察され、この認定を左右する証拠はない。そして、この記入が右分筆の効果に影響を及ぼすものではないこと前記説示のとおりである。

(三)  以上と見解を異にし、公図に地番を記入することをもつて分筆の効果の確定、したがつて地番の決定と解したうえで、公図上の地番による既得の権利を奪いえないとか、これを訂正することは法的安定性の要請からも許されないとか、あるいは、公図上の地番が誤記であるとすれば、その誤記の責任は国にあり、被控訴人が右誤記を利益に援用することは不当であるとする控訴人の主張はいずれも援用することができない(もつとも、仮に右誤記の責任が税務署長にあり、かかる公図を信頼したことによつて控訴人が損害を被つたとすれば、その場合の国の責任については、右分筆の効力とは関係なく別個に検討すべきことは勿論である。)。

二  よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村義雄 西川豊長 寺本栄一)

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